NW屋的新幹線通勤日記(3ヶ月限定名称)

ネットワークを専門にする元社内SEの日常とITネタ諸々を綴って行きます。

【weekend edition】(今週のお題)「修学旅行の思い出」

 こんにちは。weekend editionということで、今回はお題に乗っかってみることにしました。今週のお題は「修学旅行の思い出」です。私自身は修学旅行否定派でしたので、批判的な内容になってしまいますが、その点御容赦下さい。(^^;;

 かなり昔の話ですが、小学校は伊勢・鈴鹿サーキット、中学校は広島、高校は長野にスキーという並びでした。小学校の伊勢は京阪神エリアの公立小学校ならば、ごく一般的な修学旅行先だったと思います。中学校では原爆ドームなどの平和学習、高校はスキー実習でした。

 修学旅行というと、単に面倒くさいだけの代物でしかなかったです。生活リズムを乱されるだけでなく、オンとオフの切り替えが出来ず、ずっとオンの状態が続くというのが嫌で嫌で仕方がなかったです。先生側も大勢の生徒を数日間安全に見ておかないといけないというのは負担でしかないわけですから、誰も嬉しくはないんじゃないかと本気で思っていました。「修学旅行の積立金で他のことがいろいろ出来る」と思うと、全く価値が見出せませんでしたね。(当時はそんなことを口に出せるような空気ではなかったですしね。(^^;;)

 特にそれが顕著に感じられたのが高校のスキー実習でしたね。「旅行先で生徒がトラブル起こされたら面倒だ。ならば、旅館を抜け出して外に出られない雪山なら楽でいいや。昼間スキーで疲れたら早く寝るだろうし。」という安直な発想が露骨に見えていたので、どうしようもなく拒絶反応があったんですけどね。さすがに修学旅行まで拒否するのもどうかという(世間体を気にしてしまったのか)気持ちとの葛藤はあったんですよね。まぁ、一応行きましたが、こういう根底に流れるどす黒い思考回路が見えると、どうしようもなくつまらなく感じでしまうんですよね。

 昔は公立学校の場合、飛行機は使えない縛りがあったんですよね。確か。今みたいにLCCは存在せず、飛行機はとんでもなく高い代物だという刷り込みがあったんですよね。今では沖縄や韓国が修学旅行先になってるという事例も多く耳にします。問題は政治的要素が絡んでくることでしょうか。到底中立とは思えない思想を生徒に植え込もうとするケースもあるので油断ならないのですが。

 それはさておき、もう修学旅行という行事自体要らないんじゃないでしょうか。この仕組みが出来た時代は、家庭で旅行に行く機会がない貧しい家庭の子息にも旅行経験が出来るようにという発想だったかと思います。この御時世、無理に行く必要もないし、集団生活の必要性にも疑問符がつきます。修学旅行に行くだけの時間があったら、受験勉強に費やす方が将来的にもいいんじゃないかということと、大学入試が終わって、卒業旅行で好きな友達と一緒に出かける方が有意義なんじゃないでしょうか。

 それに、ただでさえ大きい先生方の負担も軽減されるでしょうし。

 それでもなくならないのは、大手旅行会社が確実な顧客を失いたくないことや、今はないとは思いますが、学校側へのキックバックや接待などの「旨味」を手放したくないからじゃないか?とも勘ぐってしまいます。

 運動会や文化祭なんかも含めて行事は全廃して、大学入試予備校と割り切って授業と受験対策しかしない学校が出てきてもいいんじゃないかと思ったりする昨今です。(^^;;