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NW屋的日常徒然日記

ネットワークを専門にする元社内SEの日常とITネタ諸々を綴って行きます。

「サイバー犯罪捜査官を辞めた顛末など」を読みつつしみじみと(2)

 こんばんは。今日は昨日の続きを書いてみようかと思います。こちらは昨日の記事です。

karasuma-kitaoji.hatenablog.com

 労働者サイドとしては「入ってみないと分からない」という側面がありますよね。これはどうしようもありませんよね。

 採用サイドとしては、「どうすれば採用者のポテンシャルを最大限に発揮出来るか?さらに、継続的に能力を発揮させるにはどうすればいいか?」という視点が必要なんだろうと思います。「多様な人材を採用する」だけでなく、その後が大事なのではないでしょうか。

 サイバー犯罪捜査官退職のお話は、まさに「釣った魚には餌をやらない」を地で行く事例ですよね。餌をやらなけれな魚は死んでしまいます。金の卵を産む鶏も餌をやらなければ卵を産みませんし、いずれ餓死してしまいます。

 むしろ、「釣った魚だからこそ餌をやらないといけない」んですよね。でも、餌をやっただけではだめで、小さい水槽に閉じ込めていたら、運動不足で死んでしまうかもしれません。金の卵を産む鶏も狭い場所に押し込めて、無理やり卵を産ませ続けたらストレスで死んでしまうかもしれません。

 ならば、釣った魚を大きな水槽で飼ってやればいいはずです。しかし、それだけではダメで、この魚が海水魚なのか淡水魚なのかで変わってきます。淡水魚なのに海水を入れてはいけませんし、逆も然りです。

 人間の場合も一緒ですね。全く違う環境や文化で育ってきた人を全く違う環境下に放り込んだら、拒否反応を起こしてしまう場合が十分にあり得ます。「組織の一員だから特別扱いはしない。この環境に馴染んでもらう。」というのも無理があるかと思います。自分たちにないものを持ってきてくれるのだし、バックグラウンドが違うのであれば、そこを理解してやる必要はありますよね。

 異文化に慣れるのには時間を要します。環境に馴染むように徐々に誘導する風に出来ればお互いにとって幸せなんじゃないでしょうか。

 これで「面倒くさい。新参者は(この環境に)合わせろ」と言うのであれば、特殊能力を持った人材の採用は止めた方がいいのではないかと思います。

 「異文化を持った人材の受け入れ方」は一筋縄では行かないですよね…。